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2008年2月 6日 (水)

リヴインホープ回顧

一口馬主の思い出(6)

リヴインホープは音無厩舎所属のジェイドロバリー産駒です。
額に星がある、黒鹿毛の牡馬でした。

初出資馬ラントルフトが脚元の不安からなかなか調教が進まず、とにかく早くデビューできそうな馬が欲しかったので、早期デビューを期待して出資しました。
ジェイドロバリー産駒ということで、ダート馬なら脚元にかかる負担も少ないだろう、とも思いました。

目論見どおり、リヴインは大型馬のわりに仕上がり早く、2歳5月には北海道を出てグリーンWに移動し、8月には入厩と順調な滑り出しを見せました。

しかし入厩当日、台風が来て、強風に怯えてしまったのか、馬栓棒を蹴って骨折してしまいました。

骨折も癒え、3歳1月に再び入厩するも、今度は立ち上がって転倒。
腰を強打し内出血してしまいました。
気性面の問題が、ケガを誘発しているとの見解で、去勢することになります。

打撲と去勢手術を乗り越え、3度目の入厩を目前にして、飼い葉桶に脚を引っかけ、また転倒。
7針を縫う大ケガでした。

さすがにサジを投げられたのか、音無厩舎から、その年開業したばかりの池江寿厩舎へ転厩となります。
今思えばなんとも豪華な移動です。

その後も落鉄したり脚が腫れたりしながらも、未勝利戦も終了間近という時期にようやくデビューに漕ぎ着けます。
初戦の結果はいいところなく惨敗、13着でした。

そして除外されたりで2戦目を迎えることができずに未勝利戦が終了してしまいます。
普通ならこの時点で引退となるのでしょうが、当時、目の病気でレースから遠ざかっていた上村騎手の進言もあり、現役続行。
500万下へ格上挑戦していくことになりました。

デビュー2戦目の500万下で5着。
3戦目で見事優勝!

決して順調な過程とは言えず、格上挑戦なので出たいレースに出られないなかでの勝利、今後に夢が広がります。

しかし、4戦目は大敗し、5戦目の1週前追い切りで蹄骨を骨折してしまいます。
1年近く休養するも、復帰することはできませんでした。

能力はあったと思います。
個人的には、未勝利の身で500万下を勝つためには、1000万下で勝ち負けできるくらいの力が必要だと思っています。
少なくとも、500万下をあと2勝(当時は勝って即昇級のルールではありませんでした)はできたでしょう。

リヴインホープはアクシデントのかたまりのような馬でした。
もうデビューは無理だろうと何度も思いました。
しかしリヴインはデビューし、しかも勝ち上がりました。
勝ったときは涙がでるほどうれしかったのです。
リヴインはよくがんばりました。
気性難のリヴインのために馬房にゴムを取り付けたり、さまざまなケアをほどこしてくれた池江寿師を始め、関係者の方々にも恵まれたと思います。

その名のとおり「最後まであきらめない」ということを体現したリヴインホープ。
私は、サーチエネミーやペルネティアナといった、再ファンドにはなるべく応じるようにしていますが、これはリヴインの影響が大きいです。

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