2004年産募集馬回顧
一口馬主の思い出(16)
2004年に生まれ、2005年に募集されたこの世代は、関東馬30頭、関西馬35頭の計65頭でした。
前年の2003年生まれの募集馬が50頭でしたから、一気に15頭、口数にして6000口も増えています。
この世代が募集された2005年、キャロットクラブは大ブレークを果たします。
まずは年初からハットトリックが京都金杯と東京新聞杯を連勝。
キャロットクラブとしては、リニューアル前から考えても初めての重賞制覇でした。
また、オークスでシーザリオとディアデラノビアが1、3着となるなど、クラシック戦線でも大活躍します。
大舞台での活躍に目が行きがちですが、この2002年生世代は勝ち上がり率も6割を超え、非常に優秀でした。
結果、会員がすごい勢いで増加していったのです。
何でも、ピーク時には毎日20人以上が新規入会していたとか。
募集頭数が増えたのには、会員数増加も関係していたのかもしれません。
クラブがかつて無い、そして今後も無いかもしれない盛り上がりを見せる中、私は岐路に立っていました。
もう今後は出資せず、一口馬主を止めようかと考えていたのです。
キャロット絶好調の尻馬に乗って、私もシーザリオという名馬と出会うことができました。
一口を始めたときから、重賞勝ちというのは一つの大きな目標だったわけですが、まさか出資を始めて3世代目で達成できるとは思ってもいませんでした。
しかも重賞どころかG1、はては海外G1まで。
事実は妄想より奇なりです。
相馬眼も血統的知識もない私にとって、シーザリオに出資できたのは、単に運が良かったからです。
こんな幸運、おそらく2度とないでしょう。
今後、シーザリオを超える馬に出資できるかと言えば、それは難しいと思いました。
そんなわけで、この年の1次募集は見送りました。
途中経過もあまり熱心に見ないようにしていたので、どのくらいの数の馬が即満口になったのか覚えてないのですが、かなりの売れ行きだったのではないでしょうか。
結局はその後、ガマンできずに2次募集でペルネティアナに出資しちゃうんですけどね。
意志が弱いです。
初年度のラントルフトは別にして、2年目から今まで、毎年2、3頭ずつ買っていますが、2004年産が1頭だけなのは、迷いの表れなのでした。
ペルネティアナは現役なので、引退したときに振り返ります。
| 固定リンク
「出資馬の思い出」カテゴリの記事
- ラウニカ回顧(2009.11.08)
- プラチナベール回顧(2009.03.02)
- 2005年産募集馬回顧(2008.12.23)
- 2004年産募集馬回顧(2008.10.28)
- スプリームブリス回顧(2008.10.07)

コメント