プラチナベール回顧
一口馬主の思い出(18)
プラチナベールはアグネスタキオン産駒の芦毛の牝馬です。
パッチリした大きな瞳の可愛い顔をしていました。
2005年産が募集された当時、私は調子に乗っていました。
シーザリオ、ブルーメンブラットと2年連続でクラシック出走を果たしたことで、私にも大舞台に立てる馬が選べるんだと、勘違いしてしまったのです。
走らなかった馬もたくさんいたのに、都合のいいところしか見えてなかったですね。
目標は、シーザリオが2着で涙を飲んだ桜花賞です。
大物狙いであれば、角居厩舎の馬に出資するのが一番。
この年は、角居厩舎に所属予定の牝馬が2頭いました。
両方とも2800万と、牝馬にしては高額で、牡馬3000万以下、牝馬2000万以下という、私の出資基準からははずれていましたが、そこは大物狙いと言うことで、妥協することにしました。
でも両方出資するのは厳しいので、どちらか一方を選ばなければなりません。
で、選んだのがプラチナベールでした。
募集時点ですでにかなり白っぽい芦毛だったので、桜花賞のころにはもっと白くなっているに違いありません。
漆黒のシーザリオが勝てなかった桜花賞を白銀のプラチナが勝つ・・・。
なんて絵になる光景だろうと、もう妄想大炸裂です。
さて、無事に抽選を突破し、晴れて出資することができたプラチナベール。
多少疲れが出たりしたものの、概ね順調に育成は進み、2歳の8月には札幌競馬場へ入厩しました。
しかし、他馬に蹴られるというアクシデントがおこります。
トモの入りが甘いということもあり、ゲート試験合格後、放牧へ。
2歳12月に再入厩するも、また他馬に蹴られて3針縫うというケガをします。
ケガを治療し、年が明けて1月19日にデビュー。
結果は8着でした。
やはりまだトモの力がないということで、グリーンウッドでの調整をはさみ、3歳5月に2走するも惨敗。
見切りを付けられたのか、美浦・斉藤誠厩舎へと転厩となります。
転厩後、1走するも骨折してしまい、引退となりました。
募集時、どちらにするか迷ったトールポピーとは、ここまで差が付くとは思っていませんでした。
シーザリオとディアデラノビアのような関係になって欲しかったのですが・・・。
トールポピーが阪神JFを勝った頃は、正直なところ、うらやましくて仕方なかったです。
でも、これだけ差が開き、プラチナが引退して時間がたった今は、他の馬と比べても意味が無かったのになあ、と思います。
今はプラチナに謝りたいです。
シーザリオの幻影を押し付けてごめんなさい。
トールポピーと比べてごめんね。
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