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2011年11月16日 (水)

サーチエネミー回顧(2)

一口馬主の思い出(27)

Searchzk080309 前回の続きです。

JRAへの再登録をめざし、地方競馬へ移籍することになったサーチエネミー。
当時のルールでは「地方競馬で5回以上出走し1勝以上、もしくは2勝以上」が再ファンドに必要な条件でした。

移籍先は名古屋競馬に決まり、角田輝厩舎所属となりました。
気性難を改善するためしばらく調整し、年が明けて4歳になったサーチエネミーは1月6日に地方デビューをはたします。
結果は楽勝。
返す刀で連闘で望んだ2戦目も、馬なりでハナに立ち、直線でも持ったまま逃げ切りと、地方でメンバーが落ちるとはいえ力の違いを見せつける勝利でした。

地方デビューしてからわずか1週間でサーチエネミーは再ファンドの条件を満たし、JRAへ再登録を行うことになりました。
再ファンドでは、出資者は再出資するかしないかを選択できます。
私はサーチエネミーの再ファンドに申し込むことにしました。
理由は3つあります。
1つは地方での勝ち方が良かったこと。
もう1つは、一度出資したのだからせめて現役でいる間は出資者として応援していきたいと思ったこと。
3つ目は元の厩舎には戻らないから、でした。

サーチエネミーは、開業したばかりの美浦・中川厩舎でJRA再出発を計ることになりました。
マル地として美浦へ行っても、精神的に難しいところがあるのは相変わらずで、パニックになったりレースで走るのをやめようとしたり。
しばらく500万下クラスで低迷が続きました。
走れど走れど惨敗。
しかし陣営はあきらめず、馬具や調教、レース条件の試行錯誤をくり返しました。

そしてマル地となって7戦目、東京ダ1400mで3着に入り、ついに光明を見出します。
次走、同じ東京ダ1400mでサーチエネミーは念願の中央初勝利を飾りました。
なんと6馬身差の圧勝でした。
その後、1000万条件もわずか3戦で勝ち上がり、サーチは準オープン馬になりました。
地方へ移籍するとき、「500万下では通用しない」と言われたのがウソのようです。
さすがに準オープンは荷が重かったものの、気性難のサーチエネミーを見放さず時間をかけて取り組んでくれた中川厩舎には感謝の言葉しかありません。

サーチエネミーは準オープンで1年ほど大敗を続け、新たな活躍の場を求めて障害入りすることになりました。
障害初戦でいきなり5着に入り、これなら障害でもうひとつ勝てそうだと思いましたが、2戦目は8着。
その後、放牧を経て臨もうとした障害3戦目を目前にして、屈腱炎を発症し、引退となりました。

3歳の1月にデビューしてから、ラストランとなった6歳12月まで、4年間にわたって走り続けたサーチエネミー。
惨敗することも多かったけど、良い思い出もたくさんもらいました。
体高が低くて、首を低く下げる走法も相まって、レースではひときわ小柄に見えたのを思い出します。
青いラインの入ったメンコが良く似合っていました。

引退後、サーチは出資されていた方に引き取られ、乗馬として幸せな生活を送っています。

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